大河ドラマ『江』

2011年11月28日 (月)

GO その最終夜

好きな時代の話なので、見続けてしまうどころか、記事も後半はほぼ毎週書いたりして…そんな「江」もついに最終回なのでした。

やはり回想シーンや秀忠と江の思い出話が多く、ものたりなかった感じがします。

江と福、すごくうちとけてるし。。。

ここのところ、国松関連の検索での御来訪が多いので、前回、前々回あたりとかぶりますが…(女子から見たら、やっぱりかわいそうというのは否めない。かな?)最後はかわいそうな国松で。。。

家光とともに元服した忠長は、その後10年もたたない1631年に甲府への蟄居を命ぜられます。

神獣とされる猿を1000匹以上狩ったこと、その帰りに家臣を傷つけたことなどのほか、鷹狩に出た時の小姓の不手際にいらだち、手打ちにしたこと、また家光暗殺の謀反を企てたこと、などなどからついに安藤重長に預けられて高崎へ。

そこで自害するのですが、切腹ではなくのどをついて、といわれています。

あまりに寂しい孤独な晩年(というには若いけれど)です。

江など、味方はすでに没し、家光にとっては目の上のたんこぶ的存在。若造ひとりつぶすことなど、みんなでよってたかればなんでもなかったことでしょう。

野猿は増えすぎて作物を荒らしすぎ、農民が困っていたことや、謀反の件ははめられた、自害は家光の命令、などいろいろいわれています。

天下一の女人といわれた江でしたが、こんな息子の最期など想像もしてなかったのでは??

こんな不幸な息子産んじゃった時点で「おなごの人生は日々戦という人もいますが、私はしあわせでしたぁ」などと馬で駆け抜けていくのは…どうなのGO。





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2011年11月21日 (月)

GO その37

インターポット
mikiさんの庭を見に行く


大河ドラマ『江』もいよいよ次回が最終回。

だいたいドラマは最終回のひとつ手前が面白いと相場は決まっております。

そんな今回は、重鎮北大路家康の最期でありました。

後半は、ドラマをひとり牽引していった感のある大御所様です。

引退してからは、ずいぶん好々爺っぽくなってましたね。

そして、結局「どこでもGO」は駿府まででばってました

家康の食あたり云々というのも「鯛のてんぷら」で、というのがよくいわれていますが、(おそらくは)胃がんでむしばまれている体に、南蛮漬け(揚げたあとニンニクの甘辛ソースにつけた)を食べたので、胃が大変なことになったのでしょうね。

およそ3ヶ月後になくなっています。その間…痛かったでしょうね

歴史好きの中には、大坂の陣でとっくに幸村に殺されていたのだが、影武者をたて、ころあいを見て毒をもった、と考える人までいて面白いですね。

秀忠も、早々と将軍になったものの、実権は父家康がにぎっていたので、在位の半分以上はナンバーツー感覚だったのではないでしょうか。

家康にしても、秀忠がそんなに早く没するとは考えていなかったかもしれないですね。

今回は家光がかわいらしかった。あの子役の子はうまいかも。

ついに、来週は…あの予告の感じだと、秀忠にもたれかかって…なのかな。

どんな演出がとられるのでしょう。

忠長(国松)が、その後わりに急ぎ足で愛する母の元へと旅立っていくとは…。

やっぱり家光にとっては脅威な存在だったんでしょうね。




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2011年11月14日 (月)

GO その36

いよいよ大詰めな感じの『江戸城騒然』

お世継ぎ問題も絡んで、江と福の間にはいっそう険悪なムードが漂います。

先週ひと山越えたので、今週は回想シーンも多く、大きな動きはありませんでしたね。

次回予告で大御所様が倒れていました。まさに巨星落つ。いや乙!!

 201110161222000
 (なぜかまた小樽の海)

そして竹千代、お化粧を…。姫なら愛されると思うてか。はたまたお母様そのものになりたかったのか。その謎は福があかしてくれることでしょう。

国松は、ではその後どうなっていったかというと、けっこう…悲惨。

竹千代よりも父母の寵愛を受けていたと思われる国松ですが、元服して忠長となってからは、父秀忠の機嫌を損ねること多し。初のいう「調子のよさ」が出てしまったのでしょうか。

体の弱い家光の次は忠長が将軍になるのでは??と諸大名達は参勤交代の折に、忠長にとりいるべく駿府に立ち寄ったりしています。

家光の地位を盤石なものにするには、最も近くでその地位を脅かすものを排除しなくてはなりません。

忠長を自刃に追い込んだのは家光のようにいわれていますが、父秀忠こそが首謀だという人もいるわけです。

江がその最期をしらなくて良かった、という感じですかね。いや江なら、太平の世のために夫がとった行動にまた理解を示すのでしょうか。。

それにしても忠長が三代将軍になっていたらどうなっていたんでしょうね。

♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:♪:;;;:

GOもそろそろ終わりですね。あと2回。次は…KIYOMORIMORI とか…。

皆さん、源平の頃のお話お好きですか??

私は好きですぅ。が、詳しくないので、またいろいろ教えて下さいね。

以前、歴史上の人物、誰に会いたい?? というお題で「大姫」とつぶやいた私です。その頃のお話が一番好きです。清盛よりはもっとあとのお話ですね。

『義賢最期』とか、歌舞伎でも見に行きました。義賢は大姫の夫、義高のおじいさん、お父さんは義仲。義賢(源義朝の異母弟…頼朝のいとこ)⇒義仲⇒義賢(清水冠者)の順ですね。






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2011年11月 7日 (月)

GO その35

『淀君はいわれるように家康と戦った女性ではなくて、彼女の真の敵は秀吉であった。』

遠藤周作氏が、その著作『戦国夜話 こころの風景』の中で、淀君が大坂夏の陣に至っても、家名を残す道はいくらでもあったにもかかわらず、自らの手で豊臣に終止符を打ったことに対し、こう(思うと)書かれていました。

なるほど、仇の中の仇秀吉の懐深く入り込んで、中から滅亡!!

わからなくもないですが、やはり傍らに息子と孫がいては、昔に亡くした父母の仇を命を賭して果たすとは(私には)思えません。

ずいぶんといい暮らしもしていたのですから、憎いだけの気持ちを長く持ち続けるのは難しいと思われ…。

  Rimg0199

だから臥薪嘗胆という言葉があるのですよね。

悔しい気持ちをバネにって、その悔しい気持ちも、日々にうとし。

だから人は生きていける(と思う)

なまじ秀次とかを排除したから、味方が浪人ばかりとなってしまった。

ごはんが食べられればいいと忠誠心なんてない輩も大勢。

でも、結局淀は母の形見の短刀で終止符をうち、豊臣を滅ぼした。

あぁ山場が終わってしまった。あとは総集編で佐久間盛政殿をみるだけだ…。

  Rimg0207

だって、真田幸村の最期はいったい。。どうして秀忠が看取るん??

首実検するまでわからんかったかと。

「今度ばかりは危ないと思ったワイ」という大御所様のその『危ない場面』がもっとほしかった。何度も「もはやこれまで」と思わせた幸村があそこでころがってるなんて。。

幸村の最期ってなんとなく神社の石段のイメージが。。

そして「俺の方がいけていた」と、密かに草刈さんは思ってたりして。
動画でみたんですがかっこいいですね。真田太平記の草刈幸村。

いずれにせよ、出世には目もくれなかった不器用な感じが好きかも。

そして、秀忠は「武家諸法度」「禁中並公家諸法度」を発布。

懐かしい~。何十年ぶりに書いた~。武家諸法度だと(≧∇≦)






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2011年10月31日 (月)

GO その34

ついに…大坂の陣、な「江」でございます。

大坂の陣には「冬の陣」「夏の陣」があり、夏の陣(来週)で淀が最期を迎えます。

今回は、秀忠が淀、秀頼の所に出向き、大坂城をあとにするよう説得していました。

大砲が淀の近くに打ち込まれ、どぎもを抜かれた話はいろんなものに書いてありますが、かなりびっくりした様子。

   201110161221000

でも、夏の陣1615年、家康没1616年なのだから、ほんとにあと少しの辛抱だし。

短気は損気つって。。

豊臣方にも、もっと優秀な参謀というか軍師がいたら…。

真田幸村もかっこよかったですが、作戦たてるのは…なんか苦手そう(イメージ)

あと、いくら淀がとめても、も少し秀頼が現場にでばって行かないと、寄せ集め兵士達のモチベーションもあがらないですしね。

そして幾度とない戦いに武将達が討ち死にし、豊臣が滅びて行くのです。

小さな秀頼の子も容赦はされなかったようです。

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2011年10月24日 (月)

GO その33

姉妹たちの願いもむなしく、第41回の江は『姉妹激突!』でした。

キングメーカーのはずの家康がいつまでもキングのまま。

かたくななのね~淀さん。一大名でもいいじゃない。

と、思うのは素人なのか。太平の世であれば、おのれはナンバーツーでもいいのに、と考えるのは甘いのか。。

いよいよ方広寺鐘銘事件により、大坂の陣に突入

終焉が近づく淀殿であります。

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   (お庭に出かけることができるように…)

そして、出てきましたね。真田幸村。数度にわたり、家康を追いつめる武将として、名を残していますが、うっかり殺られてしまい、残念な最期です。

尚、秀次事件の時に、秀次ゆかりの者はかなりたくさん処刑されたのですが、幸村の側室である秀次の娘、隆精院は助かっていますね。

にしても、、浜田学さん、幸村(イメージ)ぴったり。

幸村没後に隆精院は幸村の子を産みます。

秀吉の姪にあたる隆精院、秀吉の紹介で側室になったとか。。


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2011年10月10日 (月)

GO その32

もう、ほとんど終盤の「江」でございます。

江と乳母、春日局との確執は深まり、今後姉妹の間にも不穏な風が吹いてきそうです。

そして、二条城の面会での北大路さん、さすがの演技(笑)

今までは、どこでもGOがいろんな場所にでばっていきましたが、福(春日局)も家康のところへ出向き「江をなんとかして」ではないけれど、家光を正式な世継にと直訴しに行くエピソードがありますね。後年につくられたお話とのことですが。

病気がちな家光よりも弟の方が世継ぎにふさわしいのでは?? と噂がたてば、自分の子は置いてきて、竹千代ひとすじに乳母生命をかけた福さん、やりかねないです。

  Rimg0147

そうはいっても、この国松(忠長)もまた、悲運のイメージがあります。

才気煥発でありながら、28の若さで自害を命ぜられます。

藩翰譜(新井白石)に出てくる浅間山での猿狩りなどのご乱行ふりなどが有名ですが、ほんとのことは…闇の中。。わからないですね。その後の浅間山噴火は猿のたたりと言われたとか

こんなデジタルな世の中ですら、何がほんとのことで後世に残っていくのか全然わかりませんし。。

兄弟仲良く政治を行う、兄弟ではなくても秀頼と秀忠で細長い日本を分割して治めたらいいのに。今更言ってもおそいけど。。




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2011年10月 3日 (月)

GO その31

第38回の江は「最強の乳母」春日局が満を持しての登場です(笑)

たいていドラマなどでは春日局とくれば、江との確執が描かれますが、富田さんはこういう役うますぎです

子供は傍にいる人の影響をすごくうけますからね。成長するのに。

豊臣に連なるものは皆憎し!!を隠そうとしない靖子お局。こわっ

不満気味の江。

そして次回はちょっと年が進み、家康が秀頼と二条城で対面します。

小さい小さいと思ってた秀頼が、美丈夫でりりしく育っているのをまのあたりにして、「つぶさねば…」と決意を固めたのでしょうね。

会見の中身については今でもいろいろいわれているそうですが。

その会見の4年後には、母淀君と壮絶な最期をとげる秀頼です。

最終回にむかって、ばたばたしていくのでしょうか。

高次さんも、次で亡くなるようですが…。お菓子嫌いとかへんちくりんなエピソードが心に残りますわい。というか、初のお菓子好きも…いったい

こんぺいとうとか、織田信長の時代にミスタールイスが献上して、ドラマでよく出てきますが、日本ではお砂糖が貴重でしたので、ふんだんに甘いものがあったのか不明。

練りきりも江戸時代から出てきて、初の子供時代にはないわけで。

にしても、大坂夏の陣はどのように描かれるのでしょうか。

こんなに長く茶々が出ている大河が珍しいといっていたから、けっこう思い入れたっぷりに脚本家も描くのかな。。

そして、なぜか毎週話題にのぼる真田家の人々。幸村さん浪人として再登場!!ですよね。



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2011年9月26日 (月)

GO その30

第37回の~江~は『千姫の婚礼』でした。

まだ7歳ながら政略結婚させられる姫様を、茶々の幼少時代を演じた愛菜ちゃんが演じました。

20歳の頃には二度目の結婚を強いられる千姫。これまた美しいお姫様だったとか。

出どころ不明の『吉田御殿の話』は落語にもなっていますが、けっこう悪辣で、再嫁の吉田忠刻没後は吉田御殿に住み、イケメンを誘い入れては皆殺しにしていたと…。

「吉田通れば二階から招く、然も鹿の子の振袖で」 という唄にもなるほどですが、元をたどっていったら大奥だったとも。いやいや…。。

実際のところ、千姫、領民に愛されたお姫様だったようですけれど。

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そして、千の再婚相手、本多忠刻の祖父は本多平八郎(忠勝)と。

ここのところ、この駄ブログで話題の真田信之(信幸)の舅ですね。

そういえば、土ワイ森村誠一サスペンスに真田幸村役の浜田学さんが、すぐ殺されるエリート商社マンをにくにくしげに演じてました。お~って感じ。。

尚、忠刻のお母さんの熊姫は家康の息子と信長の娘の間のお子でございます。

ん~。で、忠刻と千姫の息子幸千代が3歳で早世した5年後、忠刻、母熊姫、そして江も亡くなるという不幸続きの1626年なのでした。。

次回からはいよいよ春日局とがちんこ勝負の江がみられるかな。




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2011年9月19日 (月)

GO その29

江は、あと2ヶ月くらいでしょうか。

第36回は「男の覚悟」でした。三成がまるで淀殿のために戦ったような描き方でしたね。まぁこれは本人じゃないとわからないことですが。

さて、miki愛読書、時代考証家山田順子さん著『時代考証 おもしろ事典』に、関ヶ原の戦いのあとの首実検(本来の意味そのもの)についての記述があります。

それによると、首実験に提出するために、おのれで打ち取った首はきれいにして大将に提出しなくてはならないので、土、血などは洗い流して、少しでも位が上の人に見せるように、時間に余裕があれば、傷口を米の粉でふさいだあと、おしろいや紅をほどこしたりしたんですって。

敵の首もひとつふたつなら、持ち運びますが(きゃ)多数打ち取っていっぺんに持ち運びができない場合(げ)は、あとで回収となるわけです。

これは、私のとった首、という印が必要になるわけですが、福島正則家臣の可児才蔵(吉長)は17とたくさんとったので、目印にとった首の口に笹の葉をくわえさせたので『笹才蔵』というあだなをつけられて有名。。

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この可児才蔵さんは、かなりの職歴といいますか、けっこう転々としていていろんなご主人に仕えています。

地元斎藤龍興にはじまって、柴田勝家、明智光秀、前田利家から織田信孝、豊臣秀次、佐々(笹ではない)成政、そして福島正則と。。

ってまったく今回の江と関係ないし。

そんな今回のどこでもGOは、秀忠の子供を産んだ女子のところへいってました。子供も抱いていました…(´-д-`)

秀忠にしても「生涯側室は持たぬ」といってもね~。側室という形をとっていないだけで…。

会津藩祖の保科正之は、れっきとした愛人??の子です。

愛妻家とも恐妻家ともいわれていますが。。なんかいろいろめんどくさかったのでは??と思います。








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